[1]
俺はハント。
とある王国の町外れにある村に住んでいる、割と普通の少年だ。
今日は二月十四日。そう、バレンタインデーだ。
誰だって欲しいだろう。
あの甘く茶色いお菓子を。
え? かりんとうだって?
確かに甘く茶色いお菓子ではあるが、世界中で好きな人にかりんとうをプレゼントする日があるとすると、それはもうたまったもんじゃない。
そう、かりんとうではなく、”チョコ”だ。
プレゼントされて嫌な人もいないだろう。
バレンタインデーとは、チョコをプレゼントする日。
そのバレンタインデーにまつわる変な夢を、数日前に見たので、まず先に話しておく。
「……聞こえますか……? 聞こえますかの……?」
「聞こえるが……誰だお前は」
「なあに、すぐに話は終わる、名乗るまでもない」
「……?」
「単刀直入に言う、そなたは、バレンタインデーに何かが起こる。いいたかったのはこれだけじゃ」
(? 何だこの夢、さっぱりわかんねぇ……)
「じゃぁの……」
「おいまてそこの人! ただ言うだけなのか! なんか、こうせめてヒントぐらい言ってくれよ!」
「そうかそうか……そなたの望みなら言うて差し上げよう。ダンジョン。村の近くのダンジョンに行くと良いぞ」
「ダンジョン……、バレンタインデーと一体なんの関係があるってんだ?」
「それ以上話すとヒントじゃなくなる、そなた自身で頑張るのじゃ。それじゃあの」
そして目覚めたのである。
というわけで今日はダンジョンに行くことになった。
幸い、休日と日が被って学校が休みだ。これは助かった。
もし何かあっても、戦闘訓練は少しだけ学校で習ったので少しのことなら対処出来る。
というのも、昔からこの辺りはモンスターがそこそこおり、自分の身を自分でも守れないと危険なのだ。
そういうわけで、学校でも戦闘訓練という科目が存在している。
「さ、今日は何が起こるんかな……そろそろ出発しよう」
ランプ、食料、ダガー、etc。それらをバッグに入れて、準備は終わった。
俺はダンジョンへ向かった。
[2]
「ふぁあああぁぁ……」
さっそく暇だった。あくびをしていた。
あんな夢を見たもんだから、昨日は眠れなかった。少し寝不足だ。
現在は、村から出てダンジョンへの道を進んでいるところだ。
平和な道が続いている。僕はダンジョンへと足を進め続けた。
「おーい! そこの僕ー!」
しばらく歩いてから中年の男性が前からやってきた。
「ちょっと君、白い服を来て小さめのカゴを持った少女をみなかったかね?」
おじいさん、おじいさん!フラグが。フラグが立った!
病気の少女が車イスから立ち上がれるようになったのと同じぐらいの感動だね!
「いや、見てませんよ。どうかしたんですか?」
「いや、それがの、ちょっと行方不明になったようでな。チョコを渡すって出かけたらしいんだが……。どうもダンジョンの方へ向かったらしくてな。チョコを渡しにダンジョンへ行くのがさっぱり理解できんのだが……」
「そういうことなら探してきます! 俺もちょうどダンジョンに向かうところでしたので!」
「おぉ、そういうことなら助かる。無事見つけてやってくれ。それと、私はあなたの来た道の先にある村で待っているから、そこに連れてきてやって欲しい、頼めるかな?」
「もちろんです!」
「では、頼んだぞ」
男は去っていった。
あんまり運動が得意そうでもなかったしダンジョンには入れないんだろうな。
そういうことなら俺が助けて来てやるってもんよ。
神のお告げっぽい夢も見たし、どう考えても何かあるよね。
俺は少し足を速くして道を進んだ。
「ここがダンジョンかあ」
しばらく進むとついにダンジョンへの入口が見えてきた。入口は崖の一部に穴が空いたような形で存在していて、中は暗い。
ランプを取り出し、俺はダンジョンへと入っていった。
「さぁ行こう」
もうこれは何かが始まる予感しかしなかった。
[3]
"モンスターがあらわれた!"
早速数体のモンスターに囲まれていた。
まだ入って10メートルだというのに。早すぎる。ここ数年でモンスターが増えてしまったのだろうか。
俺は持ってきていた、ダガーを抜いて、モンスターと向き合う。
敵の数は1…2…3。全員ゴブリンと見た。いずれも小型。
ゴブリンは木で出来た棒のようなものを持っていた。
そして一匹のゴブリンは、その棒で殴りかかろうと襲いかかってきた!
もちろんこの程度の攻撃はよけて攻撃体制に入る。
「うりゃぁっ!!」
ダガーの先がゴブリンの腕に斬り込まれ、変な色の液体が少し吹き出した。
意外にも、残りの二匹はこれに驚いたようで、お互い顔を見合わせると走って奥へ逃げて行った。それを見て身を斬られたゴブリンも腕を引きずらせながら奥へと逃げていった。
モンスターを退治しにきたわけじゃないからな。あくまでも迷い込んだ女の子を助けにきただけだ。
つか、こんな真っ暗な所に本当にその女の子はいるのだろうか。なかなかそういうことは考えづらい。
そんなことを考えていたら分かれ道に差し掛かった。ほぼ直角に左右に別れており、右か左か……。といった状況になっている。
うーん、どっちに行くのがいいだろうか。
全然分からない。何の情報もないからだ。決めようがない。
どうしようもなかったので俺はこういう時のお決まり、「テンノカミサマノイウトオリ」を発動した。
「ドレニシヨウカナテンノカミサマノイウトオリ!」
「右だっ!」
俺は右へ進んでいった。
[4]
「ん……これはなんだろう?」
地面に何かが白い物が落ちていた。
ランプを近づけて見てみるとリボンだった。
もしかしてこれは例の女の子のリボン……!?
としか考えられないよな。
いやいやまて、もしゴブリン(♀)がリボンをつけていたとしたら……?
いやいや考えちゃダメだ! そんなこと!
リボンゴブリンなんて出てこないよね!? 頼むよここのゴブリンさん!
──リボンらしきものつけたゴブリンが背後から俺のことを眺めていた。
ちょっとマジかよおおおお!!!
落ちていたリボンを拾って俺はその場から走って逃げた。
「はぁっ……はぁっ……」
流石にタイミング悪すぎるだろ! ほんの少しホラー要素入ってたよねこれ!?
「しかしこれが本当なら、えらいことになるぞ……、『ゴブリン、リボンをつけてオシャレ』とかいう見出しの新聞記事ができちゃうよこれ」
手元のリボンを見てどうなんだろうと少しだけそんな事を考えた。
しかし、そんなことを考えていても仕方が無い。
軽い推理をしながら俺はダンジョンを進んでいた。
すると火の灯り(?)が奥の方から見えてきた。
「遂に灯りが見えてきたか……。ということは、ゴブリンの住処かあるいは……」
「あーっ! それ私の!」
そこには女の子がいた。
[5]
駆け寄ってきた女の子に持っていたリボンを渡すと、彼女はお礼を言って名前を教えてくれた。サリアというそうだ。もちろん俺も名乗ってそこから話を聞いていくことにした。
サリアは少し厚めの白い服を着ていて、小さなカゴを持って真っ直ぐと立っており、身長は160センチぐらいで、年齢は自分と同じぐらいだった。その姿が妙に清々しくて、俺にとって少し魅了的だった。
「えーと、で、サリア。あ、こうやって呼べば良かったか?」
「あ、うん、サリア、でいいよ」
「じゃぁ、サリア。まずなんでこんな所に来たんだ?」
「夢を見たから」
「本当に?」
「うん、本当。夢でね、どこからか声が聞こえてきて、バレンタインデーにチョコを持って近くのダンジョンに行け。って言われたの。私はなんでダンジョンなのか全く分からないんだけど、こんな夢普段見ないし、何かあるのかな……って」
「実は……俺も夢を見てここに来たんだ」
「えぇーっ!」
引かれた。俺の中でフラグがへし折れたよ、トホホ。
「あ、あなたが運命の人……。きゃーっ! こんな人にチョコあげるなんて!」
「お、俺なんか悪いことしたか!?」
「あっ……ごめんなさいっ! つ、つい……。なんか思ったより普通だなぁって。もっと王子様とかが来るのかと思ってたから……」
「まぁ、そういう事なら仕方ないな。なんで俺が夢を見たのかも分かんねぇし、一方的にお告げみたいなのを言われたからな。とにかく、そのチョコだどうだったとしてもだ。このダンジョンに来る途中にサリアを探してる人に出会ったんだ。それで、その人は、ダンジョンに行ってなかなか帰ってこないから探してきてくれないかって」
「うぅ……実は私、このダンジョンに入ったのはいいけど、出られなくて。さっきもゴブリンがいたみたいだし……あなたの叫び声もちょっと聞こえてたけど、大丈夫、だったんだよね、ここにいるってことは」
「あ、あぁ。なんとか、な」
もうリボンゴブリンのことは考えたくはない。
「で、出ようにもゴブリンがいるから出られないし、どうしようかなってここに居たの」
「そういうことだったのか。じゃぁもうさっさと出てしまおうぜ。お昼も超えてるし……。ん、そうだお昼ごはんを食べないと」
「そ、そうだね、お昼ごはん食べたらもう外に出よ!」
そんな会話を交わし、俺はバッグから持ってきていた食料を取り出す。サンドイッチが三つ。持って行く時は、ちょっと多いかもしれないと思ったが、この際ちょうど良くなった。
「サリアも食うか?」
「う、うん」
サンドイッチを一つサリアに手渡す。
「あ、ありがとう」
「多分、その様子じゃチョコしか持ってきてないだろうしな」
「余計なお世話ですっ」
ぷんぷん怒りながらももぐもぐとサンドイッチを食べている。
母に作ってもらったサンドイッチだ。家庭の味といったところで、うまい。
二人で一つずつ食べたところで一つ余った。サリアもまだ食べたいといった顔をしていた。
俺は最後のサンドイッチを半分にして片方をサリアに向けた。
「それだけじゃ足りないだろ? はんぶんこな」
「……ありがと」
サリアはサンドイッチを受け取ってまたもぐもぐし始めた。
二人でもぐもぐとサンドイッチを食べ進めた。
[6]
「ふー、食った食った。もうちょっとしたら行こうか」
「うん、早く出てしまいましょ」
「あ、そういえばさっきのリボンだけど、付けないの?」
「これはね、ちょっと大切なものだからね、付けるというより持っておくものなの。お守りみたいなものよ」
「ふーん……なのに落としたんだ」
「もー! 余計な事言わなくていいでしょっ、ちょっとしたミスなんだから!」
「まぁ、お守りってんなら大切にしろよ。さ、行くか」
「ふんっ」
サリア様はお怒りのようです。ちょっと余計なこと言いすぎたかな。
そんなことを思いながら俺は外へ向かうために来た道を引き返すことした。来る時もゴブリンが出てくる以外は特に何もなかったしな。大丈夫だろ。ところが……。
「カチッ」
「ん?」
ヒュー……。
どこからか俺達に向けて石が飛んでいた。
罠か!? ゴブリンのやつめ!
「下がれっ! サリア!」
「う、うんっ!」
声をかえてなんとか回避する。危なかった。
「もう、ちゃんと気をつけてよね。ゴブリンだっていろいろしてくるんだから」
「あ、あぁ……すまない。気をつけるよ」
そんな風に話をしていると奥からゴブリンがぞろぞろ出てきた。
「きゃーっ!!」
叫んだのはサリアだ。
数は6…いやまだまだいる!?
お昼ごはんを食ってのんびりしていたからか……その間に罠を作り、それにハマって動けなくなったところを大勢のコブリンで襲おうとしたってところか。
やられた。流石にこんな大勢のゴブリンは相手できない。それに一匹みんなをまとめているのか装備が強そうな奴もいる。金属の太めの棒を持っている。
「どうするのよ! ハント!」
いや、なんかマジで怒られても! 自分に自分で怒りたいよ。助けてやるって言ったのに、外に出してやるっていったのに、早速ダメじゃないか。ある程度戦えたって、こんな大勢は無理だ。つか夢でお告げしてきた何かはこうなるのが分かっていたのか? ヘタしたら死ぬぞこれ、何かは俺達をもともと殺す気だったのか!? どうしろ、俺一人ではどうしようもない。だが……。
「サリアっ! お前、何か武器はないか!?」
「えっと、ちょっとだけなら支援魔法が使えるよ!」
「よし! それだ! 俺が攻撃を、サリアが支援だ!」
「でも私……、使うとしばらく動けなくなっちゃって……それでも、良くないよね、ていうかそもそも逃げるという手があるじゃないの!」
「いや……これだけの数だと逃げても……そうか! ここはちょうど最初の分かれ道だったところだ! なんとか左に曲がることが出来れば元の道に戻れる! サリア! じゃあ俺が攻撃をしている間に逃げろ! 俺が惹きつけている間にだ! 少ししか持たないかもしれないが、これしかない!」
「それじゃ、あなたが……!」
「今はそんなことを言ってる場合じゃないだろ! お前のことを待ってる人がいるんだ! そのチョコを待ってる人はいなかったかもしれないけど……」
「それはあなたも同じでしょっ!! あなたにだって家族がいるはずよ! 誰もあなたに死んでほしくない!」
「わーってるよ! でも今回は仕方ないだろっ! あー、もう時間がない、じゃぁ行くぞ、せーのっ!」
「あ、待って、ハント!!」
無理やりこうしたが、これは仕方なかった。なんでバレンタインデーの日に女の子ために死ぬんだろうと思っていたけど、誰かのためなら死んでもいい気がした。
数体のゴブリンが俺に向かってきていた。なんとか敵を引きつけて、サリアを逃がしてやらないと!
まず一体目のゴブリンの攻撃を交わす。前から責められているのだけなので、これはいける。そして抜いたダガーでそのゴブリンを斬りかかろうしたが……横にいたゴブリンに見事防がれた。木の棒にタガーがめりこむ。しかしあまりこうしてもいられない。別のゴブリンが新たに横から殴りかかって来た。タガーをなぎ払い、横から殴りかかって来た木の棒に向けてダガーを払う。相手の手から木の棒が飛んでいった。なんとかまだ生きているが、いつまで持つか。
すると横目にサリアが逃げているのが見えた。良かった逃げてくれている。しかしそのサリアに向かってゴブリンが走りはじめている! させるか!!
俺は、これでもかというぐらいにダッシュをしてサリアを追うゴブリンを背中から斬りかかった!
「うあああああああっ!!!」
ゴブリンは変な液体を出して動かなくなった。しかしまた俺の背後には数匹のゴブリン。どんだけいるんだ。
もうこれ以上好きなようにさせねぇ!
俺は背後のゴブリンと距離を取ってから高速斬りでそのゴブリンを倒した。ダガーで何ができるんだと思ったが、予想以上に効いている。
しかし、また数匹のゴブリンが襲いかかってきている。これを殺ったら仕切り役を倒しに行こう。そうすればまとまりも悪くなるはずだ。これでなんとかなればいいのだが。
「うおおおおおおおおおおっっっっ!!!」
これはもう明日筋肉痛どころじゃないな。高速斬りでまた数匹のゴブリンを倒した。
この頃にはなんとかサリアも逃げ切っていたようで、俺は考えを変更して、逃げようと思っていた。同じタイプのゴブリンばっかりだし、倒すのにも慣れてきたから、もう少し襲ってこられても耐えられると思った。
そして隙を見て逃げようとすると……。
「ヴオァァァァァァ!!!」
仕切り役のゴブリンが直接攻撃に向かってきていた。
向こう側ももう拉致があかないと思ったのだろう。なら仕切り役が直接手を加えよう。ということか。
そういうことなら、真正面から戦ってやる。もうゴブリンにも慣れてきたんだ、いけるはず。
俺は攻撃態勢になり、相手の攻撃をかわしてそこから斬りかかるといういつものパターンでいこうと考えていた。だが……。
「ヴァアアア!!!」
こいつがひっきりなしに攻撃をしてくるのだ。金属の太めの棒で結構重い。ダガーが割れてしまわないか心配だ。
どんどん押されて、後ろには壁が近づいてきていた。これではまずい。
俺はとにかく金属の棒を払って、距離をとる。だが、これ以上どうしようもなかった。いやいやどうしよう。もうなんにも出来ねえ。くっそ。どうしよう。
そんなことを考えていたら隙を作ってしまって、"普通"のゴブリンから殴りかかられてしまった。
「うぁあああっ!!!」
宙に飛ばされ、体を地面に打ち付けた。
「ハントっ!!」
サリアの声も聞こえてくる。俺はほぼ動けないでいた。頭が少しクラクラしている。でもこうしてはいれない。
俺が倒れたのを見てゴブリン達が少し歓声をあげている。そんなゴブリンの隙を見て、俺は必死になって立ち上がって、仕切り役に斬りかかった!
「うりゃあああああぁぁぁっ!!」
キーン。金属音が響いた。防がれたのだ。
一発目は防がれたが、まだ二発目がある。ジャンプをして後ろに下がり、正面を攻撃すると見せ、足を攻撃する、少し難しいが、可能性に賭けるしかなかった。
「当たれええええええ!!!!」
キーン。防がれた。
もうこれはダメだ。弾かれて上から殴りかかられて終わりだ。
やるだけやったよ母さん父さん、でもダメだったみたいだ。
軽い気持ちでここに来たのがダメだったのかもしれない。
俺は死ぬかもしれない。その覚悟を決めなければならなかった。
しかしその時、サリアの声が聞こえた。
「はぁぁぁぁぁぁっ、リバイブううっっっ!!!!!」
そこの声がした途端に、俺は白い光りに包まれ、相手からの攻撃も効かなくなっていた。
傷が癒されて、どんどんなくなっていく。
「ハント一人だけで死なせるわけにはいかないんだからっ!!!!」
サリアが回復魔法を使ってくれたみたいだ。
「さっさとそのゴブリンを倒して外に出よ!!」
そうだ、外に出るんだ。
随分動きやすくなった体と、白いシールドを身にまとい、俺は仕切り役のゴブリンに斬りかかった!
「いっけえええええええ!!」
もちろん防がれる。がそれを力で押し切る。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
「ヴアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
若干火花が出る。互いの武器がぶつかり合う。
しかし、ここでは俺が勝った。なんせ、完全回復に近い状態なんだからな。なんとか力で押し切って相手の武器を手から弾いた!
よっしゃ!!
あとは最後に高速切りをするだけだ!
体勢を立て直すと俺は仕切り役のゴブリンに向かって剣を振るった。
「これで終わりだあああああああああああっっっっっっ!!!!」
「ヴォォォォォァァァァァ!!」
仕切り役のゴブリンは動かなくなった。
他のゴブリンは何が起こったのかよく分かっていないようで、呆然と立ち尽くしていた。
「か、勝った!!」
そして白い光は消えていった。
俺は立ち尽くすゴブリンの隙をみてその場から逃げ出し、サリアの元へ向かった。
そこには、横たわるサリアの姿があった。
[7]
「サリア!! サリア!! 大丈夫か! しっかりしろ!!」
「あ……ハント……それはこっちのセリフよ……本当に無茶して。心配したんだから」
「それは、本当に済まなかった。サリアが技を使っていなかったら死んでた、本気で」
「ね、もう今度からこんなことはしないでよね、あ、でも今度はもうないか。今日だけなんだもんね」
「あ、そうだな。探してきてくれって頼まれただけだしな」
「あのね、ちょっといい?」
「ん、いいが喋って大丈夫なのか。かなりしんどそうだけど」
「あ、もう大丈夫……ちょっとの間しんどくなるだけだから。でね、今日ね、二人とも変な夢見てここまで来たじゃない? で、こんな人がとか叫んだりしちゃったじゃない、あれはごめんね、でもね、今日ここまで一緒にご飯食べて戦って、死にかけたけど、ちょっと楽しかった。こんな体験普段ないじゃない? それで、次も会うこともまた夢を見ない限りなさそうだし、これも何かの縁だと思う」
そういって仰向けになっていたサリアは起き上がってからしゃがんで、小さなカゴから赤い小さな包を取り出した。
お互いしゃがんだ状態で顔を向き合わせた。顔が近い。
そしてサリアは少し恥ずかしそうにしてこう言った。
「だから……その……。良かったら、このチョコ……もらってくださいっ」
俺は素直に嬉しかった。でもちょっと恥ずかしくもあった。
「サリアがそういうなら、もらっとく。ありがとな」
なんだ俺。ぶっちゃけ欲しかったくせに、そういうなら貰っとくって。
俺は赤い小さな包を受け取った。なんだか心が少し暖かくなった。
小さな包をバッグにしまうと、サリア立ち上がって、
「早く出ないと夜になっちゃうんだから。早く出よう?」
と急かしてきた。
「もちろんだ」
もう普通に立ってるし大丈夫そうだな。そう思いながら俺も立ち上がる。
「じゃぁ行こうか」
「うんっ」
[8]
少年と少女の影ができる。
無事ダンジョンを出た頃には夕陽が差し掛かっていた。
「無事出てこられて良かったね」
「あぁ。そうだな。あ、そういえば、リボンつけてるんだな。お守りかなんかでつけないんじゃなかったのか?」
俺から見て頭の右側に白いリボンがついている。
「あ、これはね、技を使う時に必要だからつけたの。だからある意味このリボンがあなたを救ったのかもね」
「そんなことないよ、やっぱりサリアが技を使ってくれたからだ。このリボンだけじゃなんにもできないよ」
「まぁ、そうなんだけどね。私もあそこまでの技を使えたのは始めてだったわ」
「そうなの? 何かあったのかな、まあいいや」
「私はあなたの村に待っているはずの人……多分私の父だわ。その父と合流してから帰るけど、ハントはどうするの?」
「あ、ハントって呼ぶんだ」
「えっ、今更? 今まで結構呼んでたわよ?」
サリアが意外そうな顔をして答える。
「あー……それもそう、だな……」
「ならいっそ、ずっとハントって呼んであげるわ、ハントハントハントハントハント……」
「うわあああ、やめてくれ!!」
いろいろやばい。
「ん、仕方ないわね。で、どうするの?」
「普通に村に帰るよ」
「じゃぁ、帰りも一緒だね」
「そんなこと、最初から決まってたことじゃないか。連れて帰って来てって言われてたんだし」
「あっ……!」
サリアは顔を赤くした。
「もー! ハントのバカ――!」
「なんでサリアは怒ってるんだ……?」
サリアは駆け足で前に進んでいく、俺はそれを追いかけた。
誰がバレンタインデーにこんなことが起こると思っただろうか。
チョコをもらいに軽い気持ちでダンジョンに行ったけど、死にかけた。
そして、チョコを”渡された”。
こんなに出来事が盛り沢山な日はそうないだろう。不思議な一日だった。
村に着くと、サリアは、
「ここからは一人で大丈夫、それでえーと……今度手紙書くね」
と言って俺から住所を聞いて、彼女の村へと父と共に戻っていった。
俺は自分の家につくと、もらった赤い小さな包を開けた。
手作りの四角いミルクチョコが四つ入っていた。しかしダンジョンで逃げまわったりしたためか、いくつかひび割れていた。
今日あった出来事を思い出しながらゆっくりと一つずつ食べた。
少し甘かったが、そのチョコはとても美味しかった。
その日の翌日。
新聞を見たら、『新種ゴブリン発見、リボンをつけておしゃれ』という見出しの記事が載っていた。
どうも新種だったようだ。世界は広い。
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